野良猫に餌を与えてはいけない話

野良猫が野良猫になる理由とは一体何なのでしょう。
自由を愛しているから。人付き合いが苦手で、人といると結果的に疲れてしまうから。人の気持ちが上手く読めなくて、人から嫌われてしまうから。仲良くなる方法が分からなくて、間違えてしまうから。

色々な理由があるでしょう。複数の理由が入り混じってることもあるでしょう。

それでも、本当に愛してあげられるならその子の一時的な友達になることができます。あまがみのつもりで傷付けてしまうなら、叱ってあげることができます。そうしてちょっとだけ人付き合いが上手くなったなら、やがてどこかの子になることもあるでしょう。

でも、今回はそういった『素人でも治しうる』子達の話ではありません。

腐臭を伴った、蛆の湧いた子の話です。



貴方は猫が大好きです。貴方の家は猫屋敷、いつもどこかの猫が遊びに来ては撫でたり遊んだり。それはそれで楽しい毎日でした。

ある日、なんだかおかしな子が家にやって来ました。
毛並みはぼさぼさで、おどおどしています。
少し、妙な匂いがします。

さて、貴方はどうするでしょう?




傷には色々な種類があります。
開放性の傷、非開放性の傷(痣とかの、皮膚が切れてない傷)、治しやすい傷、治しにくい傷。
余りにも深く、ぱっくりと割れてしまった傷は、互いのふちが遠すぎて治りが遅くなります。
遅くなりながらもふちがようやく繋がったとしても、それでうまく治るとは言えません。
遅すぎれば皮膚の中側に細菌が入り込みやすくなります。
その時点で傷が塞がってしまうと、入り込んだ細菌は周りの細胞を殺し、殺された細胞や白血球は行き場を失って傷の下でどんどんと溜まっていきます。

放置すれば、饐えた匂いを発しながらどんどん大きくなっていくことでしょう。



その猫が膿を伴った傷を持っていた猫だとしましょう。
そして、貴方は違和感を感じながらも、人寂しげなその様子に同情を覚えて餌をやり、構ってしまったとしましょう。
その猫は貴方の家に度々来るでしょう。
時には別の猫を構っている時にも貴方の家に来るでしょう。
別の猫はその匂いに顔をしかめ、気分が悪くなってしまうでしょう。
また、膿を持っているということは白血球がばんばん死んでいるということなので、その猫はよく病気にかかっていることと思います。
腐臭と病気に塗れたその猫が表れた途端、元気を失い気持ち悪くなり、最終的には吐いてしまう。身体に影響が出るほどに追い詰められてしまう子も出るでしょう。




恐らくは。
最初から構ってはいけなかったのです。

貴方がその子の為に身銭を切って治してあげる覚悟が無いのなら構うべきではなかったのです。
貴方が傷を負ってぼさぼさのその子の為に、今まで遊びに来てくれた他の猫を追い出してあげられないならば構うべきではなかったのです。

だって可哀想だ、こんなに飢えて。貴方はそう言うかもしれない。
何故その子は飢えているのか?他に愛情を与えてくれるところが無いからだ。他のどこでも愛されなかったからだ。その子を最後まで愛してあげようとして失敗したのが今まで何人もいたかもしれないんだ。そんな高難易度に応えるだけの価値のある子なのか。貴方は果たしてその可哀想という感情だけでその子の最後まで付き合えるのか。

だってこの子は悪くないんだ、誰かに付けられた傷なんだ。貴方はそう言うかもしれない。
けど思い出してほしい。貴方の家に今まで来ていた猫達だって悪い事なんてしていない。確かにその子は可哀想だ。治してあげられるなら治してあげるべきだ。その感情は正しいし尊い。

だけど治せないなら中途半端に構うな。
お前にその傷を切り開くメスはあるのか?
お前に膿だけを掻き出す技量はあるのか?
お前にぎざぎざの傷面を綺麗にして、中途半端な肉芽組織を削げ落とすための目はあるのか?
お前にドレーンを設置して縫合してあげて、その後も適切に治っているのか見極めて、餌をあげて世話をして、風呂に入れて毛を乾かし、それを最期まで続ける覚悟はあるのか?

噛まれてもか。引っかかれてもか。治してる最中、痛さから凶暴になり手がつけられなくなってもか。治してる途中で逃げられて、どこかのお金持ちの子になっていてもか。
今まで来ていた子達を全員失ってでもか。
それなら私達猫とは一体何なのか。
その問に答えは出せるのか。



そうだ、その子は可哀想だ。
けどその傷に触れられるのは獣医さんかその子自身しかいないんだ。
そして殆どの野良猫は自分から獣医さんに行くことなんてしないんだ。
なら、その傷を気付かせてやるしかないんだ。
無視してやれ、辛く当たってやれ。
何故こんなにも苦しいんだと考えさせる機会をくれてやれ。
そうしないとその傷は治らない。
治さなきゃその子はいつか死んでしまう。
毒が全身に回って死んでしまう。
だから、無視してやれ。
お願いだから、今まで遊びに来ていた私達のことを見てくれ。
気がついたら皆居なくなっていた。そんなことが起こる前に。

これは恐らくいじめなのだと思う。
一人の人を無視して、グループから追い出すことを願う、それはいじめなのだと思う。
けれど、そのストレスが誰かの体に出てしまった時点でこれはどうしようもないのだ。
もう、どちらかを切り捨てるかの2択しかないのだ。



願わくば、饐えた匂いに気づいて欲しい。
これは治らない病気なのだと気づいて欲しい。
明らかに親からの愛情不足による自己愛の欠失、それからなるコミュニケーション不全。
一度甘いお菓子を与えたらどうなるか、気づくべきだったのだ。

そしてまた、家人が構ってしまい、居着いてしまった現状に思考放棄してしまったのも良くなかったのだ。
少なくとも部屋を締め切るべきではなかったのだ。
繊細な子達をよく見てあげるべきだった。ちゃんと逃げ場を作ってあげるべきだった。
繊細な子達の落ち着ける場所にその子を近づけないようにするべきだった。
鈍感な子達にその子を構ってあげるよう根回しすべきだった。
優しい子達に構わせるべきではなかった。
たった数日だからと甘く見るべきではなかったのだ。
あれは規格外の毒だった。
気付くところはいくらでもあったのに、遅すぎた。




こうなってしまった以上は。
私が出来ることは、精神の病気の知識を世に広めることだけだ。
饐えた匂いの正体をもっとわかりやすい言葉で世に伝えるべきだ。
精神の病気というのは悪いことではないということを、だから精神科医には積極的にかかるべきだということを伝えるべきだ。
素人には治せない病気があることを知るべきだ。
信頼関係の無い人間が診療を勧めても意味がない現状が変わらないなら、もうその人には構ってはいけないという認識を広めるべきだ。
そして未だに悪いままの精神病のイメージを、精神科医のイメージをどうにかするべきだ。



全ては五里に霧散しようとしている。
けれど、終わらせてはいけないのだ。